[May 29, 2005]

『ユリイカ』2005年4月号特集*ブログ作法

Category: Blog
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以前「世界と繋がるインターネットの空間性」というタイトルでエントリーしたことがありました。ユリイカ4月号『特集 ブログ作法』で読んだ神戸女学院大学文学部総合文化学科の内田樹先生の『史上最弱のブロガー』の中に僕が「繋がる感じ」としか表現できなかったインターネット・コミュニケーションのことが書いてあったのでメモしておくことにした。

『ユリイカ』2005年4月号特集*ブログ作法

インターネット・コミュニケーションは「ひとりではできない」ということである。「ひとりではできない」と言い方では意を尽くせないので、もう少し言葉を足せば、それは「複数の場、複数の人々の、それぞれ異質な作業の恊働の成果」ということである。

ユリイカ4月号『特集 ブログ作法』P107 内田樹『史上最弱のブロガー』より引用

僕がディスプレイに向かいブラウザーを立ち上げ時から感じる「世界と繋がるインターネットの空間性」については、 「無数の他者と繋がり彼らからの贈り物を享受し、彼らに承認され受けいられている存在であることを実感させてくれるからである。(内田樹『史上最弱のブログー』より引用)」と表現されており納得。

引用ばかりになって著作権のことが気になるけど他にも覚えておきたい表現があったので書いておくとにする。ユリイカ4月号『特集 ブログ作法』は特集の最後にばるぼら編「ブログ年表1993-2005」もある。資料価値としても1,300円は安いと思う。ブログについて関心のある方は是非バックナンバーを購入して読んで下さい。

  • インターネットは個人を決して孤立させない
  • インターネットがコミュニケーションの場として成立するのは、それが「言葉は必ず聴き手に届く」という確信を私たちに与えてくれるからである
  • インターネットのコミュニケーションの場に立った時に、「他者からの贈りもの」対して「応答する義務」を感じる人、「発言する権利」しか目に入らない人
  • 「一人では何もできない」、コミュニケーションとは本来そういうものだ
  • ネットコミュニケーションが私たちに与えてくれる最良のものは、情報の速報でも公開性でも言論の自由でもない。それは「人間は一人では何もできない」ということ、私たちはそのつどに「贈り物」の受け取り手として「反対給付」の義務を負っているという真理である
ユリイカ4月号『特集 ブログ作法』/内田樹『史上最弱のブロガー』より引用

今は閉鎖したブログにこんなことを書いたことがあった。
“自分が書いたメッセージを誰かが読んでくれているという感覚は、物的財産にはない満足度があり、アイデンティの再確認ができるような気がします。
僕は、レベッカ・ブラッド著「The Weblog Handbook」で読んだ、「読みなさい、書きなさい。そうすればあなたの書く文章も成長します!」みたいなメッセージを信じてせっせと書いています。”

何か全然成長しない僕の文章だけど、インターネットから受けたもの対して感謝の気持ちを忘れず、誰かに届くかもしれないメッセージを書いていこうと思っている。

by Harada Hiroki : May 29, 2005 11:47 PM

Tag: ブログ作法


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Comments::コメント

メッセージ・イン・ア・ボトル。
誰の手に届くか分からないメッセージ。
でも、誰かが読んでいる。
誰か聞き手がいる。
そう信じて、これだけ多くの人がウェブという海、宇宙に向けてメッセージを送り続けているのでしょうね。

そして偶然誰かの手元に届く。
そこから生まれる縁、地域も国も越えた縁というものは、何物にも変えがたい、って思います。

by 石田優子 Site icon : May 30, 2005 10:02 PM

石田さん、コメントありがとうございました。

翻訳を意識しなくても自動的に翻訳できるようになり、いろいろな国の方のWebのメッセージを理解出来るようになればいいな〜と思っています。

by はらだ Site icon : May 31, 2005 7:09 AM

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